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エゲレスとは、こーゆーところてす。
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本当に誰のせいなんでしょうねえ。

そもそも教育ってなんなのさ。

 

 

214日の新聞やテレビのニュースで報道されたんですが、

 

英国の子ども達の幸福度は西側先進国21カ国中、

 

21番目というランキングでした。

 

これはユニセフの統計で、複数年に渡った自国統計の合算で表されたものだけに、英国政府は結果に反論していますが、拙はけっこう頷いちゃいます。

 

評価項目は、豊かさ、健康と安全、教育度、家族関係、行動とリスク、自己評価という6項目です。

 

項目によっては日本も評価対象になっておりランキング化されていまして、面白かったのは自宅に10冊以下しか本のない家庭の比率が全体の10%もあることでした。それは英国もほぼ同率でした。本って、漫画や雑誌は含まないんでしょうね。

 

http://www.unicef.org/media/files/ChildPovertyReport.pdf

このウェブの4ページ目のリストをご覧下さい。1位は隣国、オランダであります。

 

「日本の子ども達は孤独」という報道も最近ありましたが、同レポートには日本の家族関係についてのデータはありませんでした。これは離婚状況や婚姻に対する観念が日本と欧米では異なるために統計の取り方が違うんではないかな、と考えます。

 

また、「教育度」というのも、日本と欧米とでは評価基準が違うんではないかな、と思うんです。例えば、日本の小中ガッコから、英国の小中ガッコに英語も判らずに転校してきても、1年以内になんとかなっちゃうケースは少なくありません。どの科目も誰よりも出来るようになって、日本で中くらいの成績だった子どもが、英国ではオクス・ブリッジに入って、さらに卒業までしてしまうこともあります。

 

何も日本人の出来が良いなどと暴言をかますつもりはありません。もちろん、ドロップアウトした日本人の例もたくさん知っていますから。

 

ただ、教育の目的や評価基準の違いでこうなる、ということであって、英国で成功した日本人の子ども達の中には、日本の教育に抑圧感を持っていて、才能を発揮できなかった場合もあるのではないか、という説もあります。この説が正しいかどうかは別として、英国式の教育を続けたいけど、辛い日本の教育に戻りたいとは思わない、という子ども達が大半であることは何を示唆しているのかな、と考えさせられるわけです。

 

その辛さの原因は何でしょうか?たぶん、自由と規律と責任とのバランスだと思います。英国ではどの学校でも日本と比較して割とリベラルです。日本で教育を受けて来た子ども達は、自己抑制も分別もあって、「日本人は礼儀正しい」と褒められます。そして、与えられた自由は、戸惑うばかりに自由です。日本では言えなかったことも、英人の前で発言すれば、誰もが褒めてくれます。

 

こうした自由の空気に触れて、能力が発揮できるようになるのかな、ということですが、知恵や見識ある者にとって、自由と抑制とのバランスは実に素晴らしく作用します。しかしながら、最低の規範である法律の中で与えられた権利としての自由を主張するレベルとなると、こうは行きますまい。

 

「俺には権利があんだよ」

 

「じゃあ、その権利を行使する君の義務は?」

 

という程度の話になってしまいます。彼/彼女は義務については答えられません。つまり、その権利とは、わがままと自由との履き違えに過ぎないのです。英国の現状を見る限り、「家族関係」と「行動とリスク」の項目ではどちらも21位であることで、その我侭さが充分に証明されてしまっています。

 

家族関係は親子間の互いの無視、行動とリスクは未成年同士のセックスなどが判り易い例でしょうか。15歳未満のセックスは38%だそうです。責任を伴う殖産活動なのに、生まれる子供達に対する責任は放棄に近いのが現状です。そして、そうして生まれて来た子ども達がさらに・・・。

 

政府を批判するヒトの声ばかりが目立ちますが、本当の責任は様々なカタチで我々全員に跳ね返ってくるわけです。さて、さて、我々も知恵を絞る時間ですが…。


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どなたか、レースの結果をご存知でしょうか?

Google Alertでも反応ないんですよねえ。

この時点でまだURLは動いてないし。


http://ha2ra2.web.fc2.com/tokyo/marathon/2007.html


ある事実に関する国が2つあるとします。

すると、その事実はその2国が共有することになります。

さらに、2国の国民の中に歴史家が出るとします。

数多の歴史家にはその事実について、自由な歴史観を持つ可能性があります。

その事実だけでは歴史になりません。

事実と年号だけなら大学入試の歴史という科目です。

ある事実とさる事実とを結びつけることで出来上がるストーリー、

それがヒストリーというものであります。

ストーリーである以上、歴史は科学ではありません。

文学です。

日本の大学では文学部の中に史学科があるので、

これは正しいのではないか、と思うわけです。

もちろん、これは拙が長年掛けて辿り着いた持論に過ぎません。

文学部で学んだわけではないので、間違っているかもしれません。



我々が歴史を知りたい、と思うのは単に知識欲だけでしょうか?

おそらく、ある事実を知ることで、さる事実との関連付けをしようとしているのではありませんか?

一番多いのは、ある事実と現在の自分の置かれた立場との関係ではないでしょうか?

英国で子どもでも知っている年号は、

1066年です。

ここが英国の起点とされています。

でも、デーン人に負けたのはイングランドであって、

ロンドンではありません。

City of Londonは当時世界最強の軍隊を保持しておりました。

ノルマンに占領されなかった商業国ロンドンは別の国として英国内に君臨したのです。

だから、今でも侵略者の末裔であるウィンザー家がグリフィン象のあるゲートを通る時はロンドン市長の許可が必要であることになっています。もちろん、建前です。

こういう具合に事情を掘り下げていくと、1066年が現代英国の起源であると言われても、本当にそうかな、と思う方々も居られる筈です。

1066年時点で、英国に住んでいた住民はローマ化したケルト人。あるいはケルト化したローマ人です。

デーン人が住んでさらにごちゃ混ぜになります。

英国人という人種がいないだけでなく、

納得のできない発音が英語が多いのはこのためです。

事実は融合の中で進んで行った、という説が大勢ですが、

そうでもなかったんじゃないの、という事例もあります。

この過程をケルト的に、ローマ的に、デーン的に、ゲルマン的に、それぞれ違った歴史観で述べるとどうなってしまうのでしょう・・・・・・か?

ここではあえて、英国の歴史を例に取りましたが、

日本史でも同じことが言えます。

安土桃山時代が好きなヒトはたくさんいますよね。

歴史小説やマニアも含めてその歴史観は膨大であります。

以前は拙も司馬史観に納得するところがありました。

でも、学習が進むと「本当にそうかな」と思うことがあります。

そこで、違う歴史観が生じるわけです。

もし、司馬さんがご存命なら、拙の話を聞いてくださるでしょう。

そして、「私の意見をもっと発展させてください」とのたまわれることでせう。

一方、拙の歴史観で綴ったものを快くしない歴史家がいます。

以下、電話での話。

「私以上に、君が事実を知っている、と言うのか」

「いいえ、たぶん貴方の方が時間とコストを掛けて私よりもたくさんご存知でしょう。私が言いたいのは、ある事実と然る事実との認識の違いと、その間に作られるストーリーの違いです。歴史は単に知識の学問ではないというのが私の考えですが・・・」

「君はサンソムを知っているかね。彼は最後の巨人と言われたJapanese Studyの権威だが・・・(中略)・・・レッドマンは命を賭して英国を守ったのさ」

「はい、仰ることは全部私も研究済みです。そして・・・・」

「話が出来て良かった。では、さようなら」

この人物、拙に限らず他の研究者や創作に異種感情をお持ちのようです。

話が終始平行線を辿りました。

つまり、拙は研究の成果を皆さんにお披露目する機会を、

またしても失ったのであります。

彼の後進はいつまでも続く筈なのに・・・。

じつは、この研究が実らなかったのは、2003年以来これで2度目であります。

前回は確かに力不足でした。


でも、研究を重ねて次のチャンスを待ちます。

なんか燃えるなぁ、このシチュエーション。

他の仕事もあるしね。




「すきもの」と読んだアナタはややエッツィ?


日本では特に気にも留めなかったモノゴトが、

英国や海外に住むようになってから、

改めて気になったり、好きになったりしてしまうことがある。

先日、もうすぐ帰国する英国野球狂団のメンバーS氏は、

英国在約2年、齢20代半ばにして、含蓄のあることを口にされた。

「日本では食べたことも気にしたこともなかったことが、英国に住み始めてから試してみて、その良さが判るようになりました。そのことが判っただけでも英国に住んでよかった」

食に限って言えば、それらは即席麺、漬物、餡子菓子だったりするんだが、

確かに日本では、拙もまったく食べないもんね。

S氏も同様であったらしい。

で、聞いてみるとそういう人たちはけっこう多い。

英国に住んでから、明太子が好きになりましたとか、

カラスミの美味さが判るようになりました、とか。

因みにカラスミは和食以外でもお目に掛かることが可能だ。

まったく同じ製法なのに、世界地図から遠く離れた2箇所が発祥とされている。

もちろん、1箇所は日本で、もう1箇所は古代イスラエル。


もちろん、オリジナリティの背景は怪しい。


現代では、サルジニア料理やスペイン料理の方が知られているほどだし。


ユダヤ人にはコシュミールで用いられる、ユダヤ人から聞いた。


クリームチーズとカラスミをまじぇると美味いらしいが、


そんな贅沢は敵だ。


キリストさんが生まれる以前、イスラエルの海岸線は豊かな漁場だったんすね。


日本人とユダヤ人との関連がブームになった時期があったが、その作家は海外でカラスミを口にしたことで、その共通性を直感したとか?ホントか?


そんなことを知ると、ミステリーに満ちた日本と世界との関連を学びたくなり、


英人たちに自分達の歴史や社会や文化を伝えたくなり、


英国に英語を学びに来た人々が日本の文化に目覚めたりすることも少なくない。


拙が司馬遼太郎モノを読み始めたのも、


英国在住開始から
2年経ったころだったか。



で、何十冊も読んで楽しんでしまい、



「英人に和文化の深さを教えちゃる」



という気持ちはどこかに吹き飛んでいました。



言葉だけでは伝えきれない、と感じたんでしょうね。


英国に棲んでみて、日本のものがすべて新鮮に感じることもある、というお話でした。 


あー、タクアン食べたい。でも、臭うから拙宅ではご法度品。


たまにはクリックを!


 

昨年10月から怪我で養生していたマーラのマラソンが再開します。

マーラが18日の東京マラソンにゲストとして出場するのです。
NYやロンドンマラソンのような大規模マラソンは日本では初の試みだそうですね。
「この第1回大会にゲストとして出られるのは、とても光栄」
と夫君から連絡を貰いました。
 
本気のレースはせずに、ゆっくりと走り、東京の名所をまわるコースを楽しむつもりだそうです。怪我の回復が何よりも優先されますから、それがいいかもしれませぬ。
 
↑このゲスト選手のリストを見ると、女性選手の中でマーラは山口衛里選手に次ぐ2番目の記録保持者なんですね。それでも、本人の事情に合わせた走りをしてもらいたいものであります。
しかし、このウェブ、スタート時刻がすぐに判らないレイアウトは問題ですね。一般9時10分となっていますが、その「一般」についても説明不足だし。
 
↑このウェブでは、マーラの最近の画像が出ています。マーラは正しく、美しい日本語を話すので、このような場では、日本人選手たちが打ち解けてくれたらいいな、と思います。マラソンだけではない、高い知性を備えたマーラですが、その謙虚さと真摯で、優しく、穏やかな姿勢は、彼女の魅力です。
 
25日は、横浜国際女子駅伝のイギリスチームで出場します。
 
 
4月22日のロンドンマラソンには本番マラソンとして出場する予定だそうです。この結果がオリンピックに繋がるのかな?
これまで、
マーラの再開を待ちわびていました。
暫くの間、記事にしないでいたのも、
昨年の記事で怪我を知って以来、彼女への配慮でした。
クリスマスカードを貰った頃はまだ完治ではなく、
どうやって励まそうか
と案じていました。
彼女の再開を嬉しく思うのは拙だけではないでしょう。
読者の皆さんも18日は参加されるなり、一緒に走るなり、テレビに釘付けになるなり、マーラの応援をお願いします。
 


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